脳・神経系の感染症
脳・神経系の感染症とは、「脳」「脊髄」「脳脊髄液」「周辺組織」の感染を指します。起炎菌としては、細菌・ウイルス・結核菌・真菌などが挙げられます。
感染経路について
感染の経路は①直接経路(直接あるいは近隣炎症巣から波及:副鼻腔炎・乳突蜂巣炎・手術創・開放性頭部外傷・頭蓋底骨折)と②間接経路(血液に乗って:肺膿瘍・静脈洞炎・血栓性静脈炎・ファロー四徴症)があります。
脳組織には血管脳関門(BBB:Blood Brain Barrier)があるため、抗菌薬などの薬剤が局所に到達しにくく、重症になる傾向にあります。免疫機能が低下していることも多く、二次感染症に注意が必要です。
手術による感染症
脳・神経系の感染症は手術によっても起こります。脳神経外科の手術による感染の頻度は、0.8~6%(平均4%)と言われています。手術時に感染率を高める要因としては、年齢・組織挫滅度・創の虚血の程度・手術時間の長さ・シャントなど異物を留置する手術などが挙げられます。最近では、耐性菌を発生させないように抗菌薬の使用が少なくなっています。手術中に1回と翌日2回の抗菌薬の使用で、手術後感染症の頻度が低くなりました。
中枢神経系の感染症
中枢神経系の感染症は重篤になることが多いです。特に、免疫機能低下状態に陥っていることもあり、中枢神経系のみならず、全身の合併症(肺炎・敗血症)やそれに引き続きおこる播種性血管内凝固症候群にも注意を払わなくてはなりません。
感染を伝播させない
感染症を早期に発見し、内科的あるいは外科的に病原微生物を排除することが重要です。感染者を看護するには、スタンダードプレコーションを遵守し、感染を伝播しないように気を付け、栄養管理・呼吸管理が必要です。
感染制御チーム(ICT:Infection Control Team)で病院全体の対策に取り組みましょう。感染症の中には保険所への届け出義務のあるものもあります。
髄膜炎
どんな病気
髄膜炎は「くも膜」と「軟膜」の炎症を指します(合わせて脳軟膜炎とも呼びます)。感染性髄膜炎(細菌性・ウイルス性・結核性・真菌性など)と非感染性髄膜炎(癌性)に分けられます。臨床症状と脳脊髄液の所見で髄膜炎の種類が想定できます。
髄膜炎の一般的な症状は、頭痛・発熱・嘔吐(嘔気)です。後部硬直・ラセグー兆候・ケルニッヒ兆候・ジョルトサイン(頭を左右に振り頭痛が増強)等髄膜刺激症状が診断の助けになります。
髄膜炎後に正常圧水頭症になることもありますので、認知症・尿失禁・歩行障害に注意が必要です。
細菌性髄膜炎(化膿性髄膜炎)
どんな病気
細菌性髄膜炎は耳鼻科疾患(副鼻腔炎・中耳炎・乳突蜂巣炎)などから感染したり、手術創・開放性頭部外傷・頭蓋底骨折(髄液鼻漏・髄液耳漏)により感染します。また、肺膿瘍・静脈洞炎・血栓性静脈炎・ファロー四徴症(右室から左室のシャント:肺動脈狭窄・心室中隔欠損・大動脈右変位・右寝室肥大)のように血行性感染もよく見られます。
起炎菌としては、ブドウ球菌・肺炎球菌・髄膜炎菌・インフルエンザ菌などがあります。特に、髄膜炎菌による髄膜炎を髄膜炎菌性髄膜炎(流行性髄膜炎)と呼びます。劇症型では経過中に菌血症をきたし、出血傾向を伴う急性循環不全(ショック)に陥ります(ウォーターハウス・フリードリクセン症候群)。
どんな検査
神経学的所見・髄液検査・画像診断(CT・MRI)が主体です。髄液と血液培養は必須です。
どんな治療法
細菌性が考えられる場合は、最初は広域スペクトラム(対応範囲の広い)の抗菌薬から始めます。髄液・血液培養の結果、起炎菌に感受性のある抗菌薬に変更する場合もあります。抗菌薬のトラフ値・ピーク値も測定します。頭蓋内圧亢進例に対しては、脳圧下降剤(高浸透圧利尿剤:D-マンニトール・濃グリセリン)も投与します。
ウイルス性髄膜炎(無菌性髄膜炎)
どんな病気
嘔吐や頭痛に対する対症療法で、ほとんどの場合は自然軽快します。死亡したり後遺症を残すことは稀です。起炎菌は何らかのウイルス(エンテロ・エコー・ムンプス・ヘルペス・インフルイエンザ等)ですが、ウイルスを同定できることは少ないです。
どんな検査
上記髄液検査と培養を行い、あわせて髄液と血液のウイルス抗体価やCPR法によるウイルスのDNA・RNAの検出も行います。
どんな治療法
最も重症となる単純ヘルペス髄膜炎を考え、抗ヘルペス剤(アシクロビル)の投与を行うという意見と、投与は必要なく対症療法を行うのみという意見があります。
免疫力が低下していますので、二次感染に注意しましょう。
結核性髄膜炎
どんな病気
結核の初期感染に続いて起こったり、陳旧性結核の再燃で起こります。脳底部に炎症が起こることがありますので、外転神経や顔面神経の神経麻痺をきたしことがあります。結核菌の培養には時間がかかるので、PCR法による結核菌のDNA・RNA診断が有用です。抗結核剤(イソニアジド・リファンピシン・ピラジナミド・エタンプトール)の投与を行います。診断や治療法が遅れると、予後はきわめて不良です。死亡率は20~30%で、約25%は後遺症が残ります。
真菌性髄膜炎
どんな病気
亜急性髄膜炎として発症します。AIDS(後天性免疫不全症候群)や副腎皮質ステロイドホルモン剤・免疫抑制剤の長期大量投与は、真菌性髄膜炎を誘発する可能性があります。最も頻度が高いのはクリプトコッカスによる髄膜炎で、ハトの糞などから感染します。髄液を墨汁で染めると、クリプトコッカスの菌体が証明されます。髄液所見は結核性髄膜炎に似た所見を呈します。
治療は抗真菌剤(ホスフルコナゾール・イトラコナゾール・ミコナゾール・フルシトシン・アンホテリシンB)の治療を行います。
診断や治療開始が遅れると予後は不良です。
がん性髄膜炎
どんな病気
がん細胞が髄膜や脳脊髄液に転移する髄膜炎です。多くの場合予後不良で、根治の困難な疾患です。
脳炎
どんな病気
脳炎とは脳実質の炎症を指しますが、実際には髄膜炎を伴いますので髄膜脳炎と言ったほうがよいでしょう。脳炎には、単純ヘルペス脳炎・日本脳炎・狂犬病などがあります。このうち日本脳炎はワクチンの普及とともに減少し、年間数例の発症を見るのみです。狂犬病はわが国には1957年以来発生していませんでしたが、2006年フィリッピンで犬にかまれ、日本で発症した2症例がありました。したがって、単純ヘルペス脳炎について解説します。
単純ヘルペス脳炎は急性ウイルス性脳炎の10~20%を占め、最も激しい臨床症状を呈します。口唇ヘルペスや性器ヘルペスにり患した後に、神経節に潜伏していた単純ヘルペスウイルスが活性化して発症します。致死率は50~60%と高率です。
どんな症状
髄膜炎と同様に、頭痛・発熱・嘔気(嘔吐)で発症します。異常行動や幻覚などで発症することもあります。数日から数週間後に、精神障害・意識障害・痙攣が出現します。致死例では痙攣のコントロールが困難です。
片麻痺・失語症・クリューバー・ビューシー症候群(両側側頭葉の障害で、性欲亢進や異食症)を呈することもあります。
どんな検査
髄液と血液のウイルス抗体価やCPR法によるウイルスのDNA・RNAの検出を行います。CT・MRIで、一側あるいは両側に脳炎の所見を認めます。劇症型では脳炎の中に出血が起こることもあります。痙攣を予知するために脳波検査も行います。
どんな治療法
単純ヘルペス脳炎が疑われた時点で、直ちに確定診断を待たずに、抗ヘルペス剤(アクシロビル)の投与を行います。
同時に、頭蓋内圧亢進症例に対しては脳圧下降剤(高張浸透圧剤:D-マンニトール・濃グリセリン)を投与します。抗痙攣剤の投与も強力に行います。
痙攣重積状態になることも多く、気管挿管を行い、人工呼吸器管理を行うこともしばしばあります。強力な抗痙攣剤やバルビタール等を用いた静脈麻酔で、人工呼吸を含めた全身管理が必要です。
脳膿瘍
どんな病気
脳膿瘍とは、脳の局所性炎症が次第に限局性に膿を貯留し、皮膜を形成した状態を指します。感染経路は細菌性髄膜炎と同じで、循環器病センター等施設で、チアノーゼを伴う先天性心疾患による血行感染が多いです。硬膜下膿瘍や脳室内膿瘍も同様の疾患です。
どんな症状
炎症症状・頭蓋内圧亢進症状・脳膿瘍の局所症状が挙げられます。通常、発熱・白血球増多・CRP亢進などの炎症所見が認められますが、これらの先行症状がすでに消失していることも多いでしょう。
どんな検査
CT・MRIにて、炎症所見を伴う頭蓋内占拠性病変が認められます。特に、膿瘍の皮膜は造影剤増強効果を示します。画像上、脳膿瘍は脳腫瘍の神経膠腫と紛らわしいこともあります。
どんな治療法
炎症所見が認められる場合は、抗菌薬を投与しますが、膿瘍皮膜が完成されている場合は、抗菌薬が無効のことが多いでしょう。そのため、穿頭・排膿術(脳膿瘍腔ドレナージ)を行います。
以前は開頭して皮膜を含め脳膿瘍を全摘出していましたが、最近ではCTまたはMRIガイド下に安全に穿刺・排膿ができるようになりました。したがって、手術後の痙攣などの症状も少なくなりました。
頭蓋内圧亢進症状がある場合は、腰椎穿刺による髄液検査は禁忌です。
その他の感染症
クロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病)
1986年にクロイツフェルトとヤコブによってこの症例が発見されました。海綿状脳症を発症した牛を摂食ことにより発症するとされ、注目されています。
病原体はプリオンというタンパク質で、年単位の非常に潜伏期間の長い感染症です。日本でも時々、危険部位を含む牛肉が輸入された報道を耳にします。
医用材料として用いる「乾燥硬膜」の移植でもクロイツフェルト・ヤコブ病が発症し、医原病(薬害)の1つとして問題となった時期がありました。現在では、乾燥硬膜は使用されておりません。
初期症状は認知障害です。小脳症状・不随意運動(ミオクローヌスと言われる筋肉のピクツキ運動)など多彩な症状がみられ、急速に進行して臥床状態・無言無動状態となり、死に至ります。
特異的な治療法はなく、肺炎や尿路感染症などの合併症に対する対症療法が主体となります。ミオクローヌスが著しいときは、ジアゼパム・クロナゼパムを投与します。嚥下障害に対しては、経管栄養や中心静脈栄養管理を行います。
HIV感染症
ヒト免疫不全ウイルス(HIV;Human Immunodeficiency Virus)の感染による後天性免疫不全症候群(AIDS:Acquired Immune Deficiency Syndrome)です。
感染は、性行為・輸血・針刺し事故などで起こります。日本のHIV感染者・エイズ患者の累計は合計で2万件を突破しています。HIV感染に気付いていない人もかなりいると考えられ、実際の感染者は2万人よりずっと多いはずです。
HIVは治療しなければ増殖を続け、免疫機能の中心的な役割を担っているリンパ球を次々に破壊します。その結果、免疫不全状態に陥りさまざまな感染症や悪性腫瘍を引き起こします。
HIV感染細胞が中枢神経系組織に浸潤すると、エイズ脳症と呼ばれ、精神症状・認知症・記憶喪失を引き起こします。AIDSは、長い経過をたどるHIV感染症のある時期からの呼び方です。
通常のHIV検査は、血液の中にHIVに対する抗体があるかどうかを調べる「抗体検査」が一般的です。また、より早い時期からの感染を見つけるために、HIVが増殖しはじめた時点でウイルス遺伝子を調べる「核酸増幅検査(NAT検査)」やHIVを形作るタンパク質を調べる「抗原検査」、抗体と抗原が同時に測定できる「抗原抗体同時検査」があります。
保健所等の無料匿名検査施設では、検査施設によって検査日時が異なります。多くの検査施設は1〜2週間に一度、平日の昼間に実施していますが、平日の夜間や土曜日・日曜日に検査を行っている検査施設もあります。予約が不要の検査施設もありますが、必要な場合もありますので、まず「HIV検査・相談マップ」で検索してから、HIV検査を受ける検査施設を決めてみてください。
抗HIV薬は3~4剤の内服薬を組み合わせて治療します。
以前は1~2剤の内服治療が主流でしたが、すぐにウイルスが耐性を獲得してしまい薬が効かなくなってしまうことが問題でした。そこで抗HIV薬を3~4剤同時に内服する「強力な抗ウイルス療法(Highly Active Anti-Retroviral Therapy:HAART)」が主流となっています。最近では、必ず3~4剤併用する治療法が行われるため、HAARTを略してARTと言われるようになってきています。
1996年にHAARTが開発されてからは、HIV感染患者さんの予後は飛躍的に改善してきています。しかし、抗HIV薬はHIVを体内から完全に排除できる薬ではありません。したがって、抗HIV薬は、開始したら一生飲み続けていくことになります。
HAM(HTLV-1 Associated Myelopathy)
ヒト免疫不全ウイルスの1つであるHTLV-1(Human Adult T Cell Leukemia Virus-1:成人T細胞白血病ウイルス)により活性化されたT細胞が中枢神経系に移行し、産生するサイトカインなどで脊髄など中枢神経を障害します。
中年以降に発症し、患者はHTLV-1キャリア1000人に1人の割合で存在します。特に、地域的にHTLV-1キャリアの多い九州・沖縄・北海道に多い病気で、人類学上興味ある疾患です。もともと約3万年前から住んでいた縄文日本人を大陸から渡来した弥生人が駆逐し、日本列島の北と南に追いやったとされる説があります。アイヌ民族と沖縄人の顔が似ているのはこのためと言われています。2008年に特定疾患に認定されました。
主な症状は、緩徐進行性の歩行障害(痙性歩行)で、しばしば排尿障害を伴います。両下肢の深部反射は亢進し、病的反射が出現します。
治療は、インターフェロンα・副腎皮質ステロイドホルモン剤・抗ウイルス剤などを投与します。排尿障害に対しては、カテーテルによる自己導尿を行います。
(文責:髙橋 伸明)
脳・神経系の感染症
脳・神経系の感染症とは、「脳」「脊髄」「脳脊髄液」「周辺組織」の感染を指します。起炎菌としては、細菌・ウイルス・結核菌・真菌などが挙げられます。
感染経路について
感染の経路は①直接経路(直接あるいは近隣炎症巣から波及:副鼻腔炎・乳突蜂巣炎・手術創・開放性頭部外傷・頭蓋底骨折)と②間接経路(血液に乗って:肺膿瘍・静脈洞炎・血栓性静脈炎・ファロー四徴症)があります。
脳組織には血管脳関門(BBB:Blood Brain Barrier)があるため、抗菌薬などの薬剤が局所に到達しにくく、重症になる傾向にあります。免疫機能が低下していることも多く、二次感染症に注意が必要です。
手術による感染症
脳・神経系の感染症は手術によっても起こります。脳神経外科の手術による感染の頻度は、0.8~6%(平均4%)と言われています。手術時に感染率を高める要因としては、年齢・組織挫滅度・創の虚血の程度・手術時間の長さ・シャントなど異物を留置する手術などが挙げられます。最近では、耐性菌を発生させないように抗菌薬の使用が少なくなっています。手術中に1回と翌日2回の抗菌薬の使用で、手術後感染症の頻度が低くなりました。
中枢神経系の感染症
中枢神経系の感染症は重篤になることが多いです。特に、免疫機能低下状態に陥っていることもあり、中枢神経系のみならず、全身の合併症(肺炎・敗血症)やそれに引き続きおこる播種性血管内凝固症候群にも注意を払わなくてはなりません。
感染を伝播させない
感染症を早期に発見し、内科的あるいは外科的に病原微生物を排除することが重要です。感染者を看護するには、スタンダードプレコーションを遵守し、感染を伝播しないように気を付け、栄養管理・呼吸管理が必要です。
感染制御チーム(ICT:Infection Control Team)で病院全体の対策に取り組みましょう。感染症の中には保険所への届け出義務のあるものもあります。
髄膜炎
どんな病気
髄膜炎は「くも膜」と「軟膜」の炎症を指します(合わせて脳軟膜炎とも呼びます)。感染性髄膜炎(細菌性・ウイルス性・結核性・真菌性など)と非感染性髄膜炎(癌性)に分けられます。臨床症状と脳脊髄液の所見で髄膜炎の種類が想定できます。
髄膜炎の一般的な症状は、頭痛・発熱・嘔吐(嘔気)です。後部硬直・ラセグー兆候・ケルニッヒ兆候・ジョルトサイン(頭を左右に振り頭痛が増強)等髄膜刺激症状が診断の助けになります。
髄膜炎後に正常圧水頭症になることもありますので、認知症・尿失禁・歩行障害に注意が必要です。
細菌性髄膜炎(化膿性髄膜炎)
どんな病気
細菌性髄膜炎は耳鼻科疾患(副鼻腔炎・中耳炎・乳突蜂巣炎)などから感染したり、手術創・開放性頭部外傷・頭蓋底骨折(髄液鼻漏・髄液耳漏)により感染します。また、肺膿瘍・静脈洞炎・血栓性静脈炎・ファロー四徴症(右室から左室のシャント:肺動脈狭窄・心室中隔欠損・大動脈右変位・右寝室肥大)のように血行性感染もよく見られます。
起炎菌としては、ブドウ球菌・肺炎球菌・髄膜炎菌・インフルエンザ菌などがあります。特に、髄膜炎菌による髄膜炎を髄膜炎菌性髄膜炎(流行性髄膜炎)と呼びます。劇症型では経過中に菌血症をきたし、出血傾向を伴う急性循環不全(ショック)に陥ります(ウォーターハウス・フリードリクセン症候群)。
どんな検査
神経学的所見・髄液検査・画像診断(CT・MRI)が主体です。髄液と血液培養は必須です。
どんな治療法
細菌性が考えられる場合は、最初は広域スペクトラム(対応範囲の広い)の抗菌薬から始めます。髄液・血液培養の結果、起炎菌に感受性のある抗菌薬に変更する場合もあります。抗菌薬のトラフ値・ピーク値も測定します。頭蓋内圧亢進例に対しては、脳圧下降剤(高浸透圧利尿剤:D-マンニトール・濃グリセリン)も投与します。
ウイルス性髄膜炎(無菌性髄膜炎)
どんな病気
嘔吐や頭痛に対する対症療法で、ほとんどの場合は自然軽快します。死亡したり後遺症を残すことは稀です。起炎菌は何らかのウイルス(エンテロ・エコー・ムンプス・ヘルペス・インフルイエンザ等)ですが、ウイルスを同定できることは少ないです。
どんな検査
上記髄液検査と培養を行い、あわせて髄液と血液のウイルス抗体価やCPR法によるウイルスのDNA・RNAの検出も行います。
どんな治療法
最も重症となる単純ヘルペス髄膜炎を考え、抗ヘルペス剤(アシクロビル)の投与を行うという意見と、投与は必要なく対症療法を行うのみという意見があります。
免疫力が低下していますので、二次感染に注意しましょう。
結核性髄膜炎
どんな病気
結核の初期感染に続いて起こったり、陳旧性結核の再燃で起こります。脳底部に炎症が起こることがありますので、外転神経や顔面神経の神経麻痺をきたしことがあります。結核菌の培養には時間がかかるので、PCR法による結核菌のDNA・RNA診断が有用です。抗結核剤(イソニアジド・リファンピシン・ピラジナミド・エタンプトール)の投与を行います。診断や治療法が遅れると、予後はきわめて不良です。死亡率は20~30%で、約25%は後遺症が残ります。
真菌性髄膜炎
どんな病気
亜急性髄膜炎として発症します。AIDS(後天性免疫不全症候群)や副腎皮質ステロイドホルモン剤・免疫抑制剤の長期大量投与は、真菌性髄膜炎を誘発する可能性があります。最も頻度が高いのはクリプトコッカスによる髄膜炎で、ハトの糞などから感染します。髄液を墨汁で染めると、クリプトコッカスの菌体が証明されます。髄液所見は結核性髄膜炎に似た所見を呈します。
治療は抗真菌剤(ホスフルコナゾール・イトラコナゾール・ミコナゾール・フルシトシン・アンホテリシンB)の治療を行います。
診断や治療開始が遅れると予後は不良です。
がん性髄膜炎
どんな病気
がん細胞が髄膜や脳脊髄液に転移する髄膜炎です。多くの場合予後不良で、根治の困難な疾患です。
脳炎
どんな病気
脳炎とは脳実質の炎症を指しますが、実際には髄膜炎を伴いますので髄膜脳炎と言ったほうがよいでしょう。脳炎には、単純ヘルペス脳炎・日本脳炎・狂犬病などがあります。このうち日本脳炎はワクチンの普及とともに減少し、年間数例の発症を見るのみです。狂犬病はわが国には1957年以来発生していませんでしたが、2006年フィリッピンで犬にかまれ、日本で発症した2症例がありました。したがって、単純ヘルペス脳炎について解説します。
単純ヘルペス脳炎は急性ウイルス性脳炎の10~20%を占め、最も激しい臨床症状を呈します。口唇ヘルペスや性器ヘルペスにり患した後に、神経節に潜伏していた単純ヘルペスウイルスが活性化して発症します。致死率は50~60%と高率です。
どんな症状
髄膜炎と同様に、頭痛・発熱・嘔気(嘔吐)で発症します。異常行動や幻覚などで発症することもあります。数日から数週間後に、精神障害・意識障害・痙攣が出現します。致死例では痙攣のコントロールが困難です。
片麻痺・失語症・クリューバー・ビューシー症候群(両側側頭葉の障害で、性欲亢進や異食症)を呈することもあります。
どんな検査
髄液と血液のウイルス抗体価やCPR法によるウイルスのDNA・RNAの検出を行います。CT・MRIで、一側あるいは両側に脳炎の所見を認めます。劇症型では脳炎の中に出血が起こることもあります。痙攣を予知するために脳波検査も行います。
どんな治療法
単純ヘルペス脳炎が疑われた時点で、直ちに確定診断を待たずに、抗ヘルペス剤(アクシロビル)の投与を行います。
同時に、頭蓋内圧亢進症例に対しては脳圧下降剤(高張浸透圧剤:D-マンニトール・濃グリセリン)を投与します。抗痙攣剤の投与も強力に行います。
痙攣重積状態になることも多く、気管挿管を行い、人工呼吸器管理を行うこともしばしばあります。強力な抗痙攣剤やバルビタール等を用いた静脈麻酔で、人工呼吸を含めた全身管理が必要です。
脳膿瘍
どんな病気
脳膿瘍とは、脳の局所性炎症が次第に限局性に膿を貯留し、皮膜を形成した状態を指します。感染経路は細菌性髄膜炎と同じで、循環器病センター等施設で、チアノーゼを伴う先天性心疾患による血行感染が多いです。硬膜下膿瘍や脳室内膿瘍も同様の疾患です。
どんな症状
炎症症状・頭蓋内圧亢進症状・脳膿瘍の局所症状が挙げられます。通常、発熱・白血球増多・CRP亢進などの炎症所見が認められますが、これらの先行症状がすでに消失していることも多いでしょう。
どんな検査
CT・MRIにて、炎症所見を伴う頭蓋内占拠性病変が認められます。特に、膿瘍の皮膜は造影剤増強効果を示します。画像上、脳膿瘍は脳腫瘍の神経膠腫と紛らわしいこともあります。
どんな治療法
炎症所見が認められる場合は、抗菌薬を投与しますが、膿瘍皮膜が完成されている場合は、抗菌薬が無効のことが多いでしょう。そのため、穿頭・排膿術(脳膿瘍腔ドレナージ)を行います。
以前は開頭して皮膜を含め脳膿瘍を全摘出していましたが、最近ではCTまたはMRIガイド下に安全に穿刺・排膿ができるようになりました。したがって、手術後の痙攣などの症状も少なくなりました。
頭蓋内圧亢進症状がある場合は、腰椎穿刺による髄液検査は禁忌です。
その他の感染症
クロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病)
1986年にクロイツフェルトとヤコブによってこの症例が発見されました。海綿状脳症を発症した牛を摂食ことにより発症するとされ、注目されています。
病原体はプリオンというタンパク質で、年単位の非常に潜伏期間の長い感染症です。日本でも時々、危険部位を含む牛肉が輸入された報道を耳にします。
医用材料として用いる「乾燥硬膜」の移植でもクロイツフェルト・ヤコブ病が発症し、医原病(薬害)の1つとして問題となった時期がありました。現在では、乾燥硬膜は使用されておりません。
初期症状は認知障害です。小脳症状・不随意運動(ミオクローヌスと言われる筋肉のピクツキ運動)など多彩な症状がみられ、急速に進行して臥床状態・無言無動状態となり、死に至ります。
特異的な治療法はなく、肺炎や尿路感染症などの合併症に対する対症療法が主体となります。ミオクローヌスが著しいときは、ジアゼパム・クロナゼパムを投与します。嚥下障害に対しては、経管栄養や中心静脈栄養管理を行います。
HIV感染症
ヒト免疫不全ウイルス(HIV;Human Immunodeficiency Virus)の感染による後天性免疫不全症候群(AIDS:Acquired Immune Deficiency Syndrome)です。
感染は、性行為・輸血・針刺し事故などで起こります。日本のHIV感染者・エイズ患者の累計は合計で2万件を突破しています。HIV感染に気付いていない人もかなりいると考えられ、実際の感染者は2万人よりずっと多いはずです。
HIVは治療しなければ増殖を続け、免疫機能の中心的な役割を担っているリンパ球を次々に破壊します。その結果、免疫不全状態に陥りさまざまな感染症や悪性腫瘍を引き起こします。
HIV感染細胞が中枢神経系組織に浸潤すると、エイズ脳症と呼ばれ、精神症状・認知症・記憶喪失を引き起こします。AIDSは、長い経過をたどるHIV感染症のある時期からの呼び方です。
通常のHIV検査は、血液の中にHIVに対する抗体があるかどうかを調べる「抗体検査」が一般的です。また、より早い時期からの感染を見つけるために、HIVが増殖しはじめた時点でウイルス遺伝子を調べる「核酸増幅検査(NAT検査)」やHIVを形作るタンパク質を調べる「抗原検査」、抗体と抗原が同時に測定できる「抗原抗体同時検査」があります。
保健所等の無料匿名検査施設では、検査施設によって検査日時が異なります。多くの検査施設は1〜2週間に一度、平日の昼間に実施していますが、平日の夜間や土曜日・日曜日に検査を行っている検査施設もあります。予約が不要の検査施設もありますが、必要な場合もありますので、まず「HIV検査・相談マップ」で検索してから、HIV検査を受ける検査施設を決めてみてください。
抗HIV薬は3~4剤の内服薬を組み合わせて治療します。
以前は1~2剤の内服治療が主流でしたが、すぐにウイルスが耐性を獲得してしまい薬が効かなくなってしまうことが問題でした。そこで抗HIV薬を3~4剤同時に内服する「強力な抗ウイルス療法(Highly Active Anti-Retroviral Therapy:HAART)」が主流となっています。最近では、必ず3~4剤併用する治療法が行われるため、HAARTを略してARTと言われるようになってきています。
1996年にHAARTが開発されてからは、HIV感染患者さんの予後は飛躍的に改善してきています。しかし、抗HIV薬はHIVを体内から完全に排除できる薬ではありません。したがって、抗HIV薬は、開始したら一生飲み続けていくことになります。
HAM(HTLV-1 Associated Myelopathy)
ヒト免疫不全ウイルスの1つであるHTLV-1(Human Adult T Cell Leukemia Virus-1:成人T細胞白血病ウイルス)により活性化されたT細胞が中枢神経系に移行し、産生するサイトカインなどで脊髄など中枢神経を障害します。
中年以降に発症し、患者はHTLV-1キャリア1000人に1人の割合で存在します。特に、地域的にHTLV-1キャリアの多い九州・沖縄・北海道に多い病気で、人類学上興味ある疾患です。もともと約3万年前から住んでいた縄文日本人を大陸から渡来した弥生人が駆逐し、日本列島の北と南に追いやったとされる説があります。アイヌ民族と沖縄人の顔が似ているのはこのためと言われています。2008年に特定疾患に認定されました。
主な症状は、緩徐進行性の歩行障害(痙性歩行)で、しばしば排尿障害を伴います。両下肢の深部反射は亢進し、病的反射が出現します。
治療は、インターフェロンα・副腎皮質ステロイドホルモン剤・抗ウイルス剤などを投与します。排尿障害に対しては、カテーテルによる自己導尿を行います。
(文責:髙橋 伸明)